
有料老人ホームを退去する際には、さまざまな費用が発生する可能性があります。
ここでは、退去時の費用内訳と一般的な相場、保証金(敷金・入居一時金)の返還ルール、そしてよくあるトラブル事例と対処法について詳しく解説します。
厚生労働省や消費者庁など公的機関の情報を踏まえながら、退去時に注意すべきポイントも整理します。
退去時に発生する主な費用とその相場
有料老人ホームを退去する際に発生しうる主な費用には、以下のような項目があります。
- 未払金:退去までに発生している利用料や食費などの未払い分の精算費用。退去日までの日割り家賃や月額費用の清算も含まれます。
- 修繕費(原状回復費用):居室や設備の損傷箇所の修復費用です。壁紙の破れ、床や家具の傷など入居者の使用による損傷を元に戻す費用が該当します。通常の経年劣化や普通の使用による消耗は基本的には含まれません。
- 清掃費:居室内を次の入居者のために清掃・消毒して元の状態に戻す費用です。例えばカーペットのクリーニングや部屋全体の清掃・消毒が該当します。施設によっては「クリーニング代」や「消毒費」として請求される場合もあります。
これらに加えて、施設によっては事務手数料や残置物の処分費用などが発生するケースもあります。
例えば、退去手続きの事務費用や、居室に残された家具・私物の処分費用などが別途請求されることもあるので契約時に確認が必要です。
一般的な退去費用の相場は、総額でおおよそ10~30万円程度になることが多いとされています。
ただし、施設の方針や立地、部屋の広さ・状態によって大きく異なります。
例えば、部屋に大きな傷や汚れがある場合や、長年の喫煙・臭気などで特別な清掃が必要な場合は、修繕費・清掃費が高額になり相場を超えることもあります。
逆に、入居時に敷金(保証金)を預けている施設では、その敷金から修繕費等が充当され、追加の支払いが発生しない場合もあります。
補足: 多くの有料老人ホームでは入居時に敷金を徴収しない代わりに、退去時に原状回復費用等を請求する仕組みになっています。通常の賃貸住宅であれば敷金から修繕費を差し引きますが、有料老人ホームでは退去時精算としてこれら費用を支払うケースが一般的です。
費用相場の具体例
クリーニング費用は一般的な居室(ワンルーム程度)で2~3万円前後が目安であり、不要な荷物の処分費用が発生する場合は1~2万円程度が平均的と報告されています。
もちろん汚れや損傷の程度によって増減し、特殊な清掃が必要な場合はさらに費用が上乗せされることもあります。
保証金(敷金・入居一時金)の返還ルールと実際の返還事例
有料老人ホームへの入居時に支払う保証金や入居一時金の扱いも、退去時の大きなポイントです。
保証金・敷金・入居一時金にはそれぞれ性質が異なるため、返還ルールを正しく理解しておきましょう。
敷金・保証金
「敷金」や「保証金」とは、月額利用料の滞納や居室の損傷に備えて預けるお金です。
賃貸住宅の敷金と同様に位置付けられ、退去時に未納分や修繕費を差し引いて残額が返還されます。
Q:【老人ホーム】退去後、敷金が返還されない。返金してほしい。
A:老人ホームの敷金は、入居者が家賃を滞納したり、不注意による汚損や破損があった場合の修繕費など、損害賠償の担保としてあらかじめ運営事業者に預けておく費用です。原則として、一般的な賃貸住宅と同様に、年月の経過による損耗や普通の使い方をしていても発生する汚れやキズなどの修繕費用については、入居者が費用を負担する必要はないと考えられます。
ただし、契約書に費用負担についての特約があり、運営事業者との間で特約の内容について明確に合意している場合には、その特約の内容に従うことになります。特約がないかどうか、確認しておきましょう。
国民生活センター 消費者トラブルFAQ 【老人ホーム】退去後、敷金が返還されない。返金してほしい。
原則として、年月の経過や通常の使用による汚れ・キズの修繕費用は入居者負担にはならないと考えられており、これらは敷金から差し引かれるべきではありません。
したがって、通常損耗の範囲であれば敷金は全額返ってくるのが原則です。
ただし契約書に特約があり、通常損耗でも入居者負担とする旨を明記・合意している場合はその特約が優先されます。
入居一時金
「入居一時金」とは、将来の家賃等を前払いする性質のお金です。
入居一時金は、数十万円から数千万円まで施設により様々です。
入居一時金は入居後に償却(アンモータイズ)されていき、一定期間が過ぎると全額が償却されて残らなくなる仕組みです。
多くの施設では契約時に「償却期間(想定居住期間)」が定められており、その期間内に退去した場合は未償却残額が返還されます。
一般的には介護付きホームで償却期間約5年、住宅型・健康型で約15年と設定されるケースが多いですが、施設ごとに自由に決められるため事前確認が必要です。
特に契約から90日以内に退去(契約解除)した場合は、「短期解約特例制度(クーリングオフ)」が適用され、支払った入居一時金は全額返還されます。
10 有料老人ホームの設置者は、前項に規定する前払金を受領する場合においては、当該有料老人ホームに入居した日から厚生労働省令で定める一定の期間を経過する日までの間に、当該入居及び介護等の供与につき契約が解除され、又は入居者の死亡により終了した場合に当該前払金の額から厚生労働省令で定める方法により算定される額を控除した額に相当する額を返還する旨の契約を締結しなければならない。
老人福祉法 第二十九条 有料老人ホーム(届出等)
一 入居者の入居後、三月が経過するまでの間に契約が解除され、又は入居者の死亡により終了した場合にあつては、三月
老人福祉法施行規則 第二十一条(家賃等の前払金の返還方法)
これは厚生労働省の指導指針で定められたルールで、入居直後にやむを得ず退去する場合でも利用者が不利にならないよう保護する仕組みです。
ただし実際には、契約解除日までの利用料(日割りの家賃・管理費等)や原状回復費用は差し引かれる点に注意が必要です。
【参照】内閣府ホームページ:老人ホームの一時金について
初期償却
施設によっては、入居一時金の一部を入居時に即座に償却(初期償却)する契約もあります。
例えば「入居一時金の○%は非返還」という条件です。
この場合、入居から日が浅く退去しても初期償却分は戻らないため、返還額が大幅に減ってしまいます。
初期償却率に統一基準はなく、0~30%程度とばらつきがあります。
短期解約特例(90日ルール)では初期償却分も含め全額返還とされていますが、90日を過ぎると契約通り初期償却分は返ってこない点に留意してください。
参考(公的指針): 厚生労働省の「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」では、契約から90日以内の退去について入居一時金の全額返還(原状回復費等の実費を除く)を事業者に求めています。また2012年の老人福祉法改正により、権利金や礼金、保証金、協力金など名目を問わず対価性のない一時金を受け取ることは禁止されました。(老人福祉法 第二十九条 第八項)つまり、入居の見返りとして何らサービス提供を伴わないお金(いわゆる「お礼」や「場所取り料」のようなもの)は契約上徴収できない決まりになっています。契約時手数料などについても、その費用の使途が契約締結の事務以外に乏しく実質的に対価のないものなら徴収不可とされています。
よくあるトラブル事例とその対処法
退去時の費用を巡っては、入居者・ご家族と施設側の間でトラブルになるケースも少なくありません。
ここでは典型的なトラブル事例と、対処法・予防策を紹介します。
① 原状回復費用の高額請求
退去後に「壁紙全面張替え」「床材総張替え」など高額な修繕費を請求されるケースです。
「普通に使っていただけなのに○○万円請求された」という相談が多く報告されています。
原則として、通常の使用による経年劣化や損耗の修繕費は入居者が負担する必要はありません。
有料老人ホームは、一定の質を確保するために厚生労働省が指針を定めており、その中で退去時の原状回復の費用負担は、国土交通省の民間賃貸住宅を対象とした「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参考にすることとしています。
国土交通省のガイドラインでも、通常使用による汚れやキズの復旧費用は家賃に含まれるべきものとされています。
東京都消費生活センターのホームページでは以下のように記載されています。
有料老人ホームは、高齢者対象の住まいであることから、車いすの通常使用によりできた傷の修繕費用は賃料に含まれるものと思われますが、通常使用による傷かどうかは、事業者と話し合うことになります。
(参考:東京都消費生活総合センター「有料老人ホームの退去時の原状回復費用はどこまで入居者が負担すべき?」)
対処法として、まず契約書を確認し、修繕費負担に関する特約の有無をチェックしましょう。
特約がなければガイドラインを根拠に「通常の使用範囲なので負担できない」と説明を求めて交渉する方法もあります。
どうしても納得できない場合は、消費生活センター等の第三者機関に相談し助言を仰ぐことが有効です。
② 敷金・一時金の返還トラブル
退去後に敷金や入居一時金が返還されない、減額されて返ってきたといったトラブルです。
敷金については、本来は未納金や損害賠償相当分を差し引いた残額が返還されるべきですが、施設によっては清掃費など名目で差引項目を過剰に計上し、結果的に返金がゼロになるケースも見られます。
「入居一時金を支払って3年暮らし、死亡退去したら、一時金が1円も戻らなかった」という極端な事例も過去に消費生活センターへ報告されています。
死亡時退去の場合、契約で「死亡時は契約終了」とされ返還対象外になるといった取り決めがあることも原因です。
対処法としては、契約時に返還ルールを十分確認しておくことが第一です。
既にトラブルが発生している場合は、契約書や重要事項説明書の記載を再確認し、それに基づいて返還を請求します。
入居一時金の返還額については施設ごとにルールが異なるため、説明が不十分なままだと誤解が生じやすい部分です。
施設側に計算根拠の説明を求め、必要であれば専門家(消費生活センターや弁護士等)に相談して対処しましょう。
特に短期解約特例の90日ルールが適用される場合は全額返還が原則ですので、万一返還に応じないようであれば行政機関に報告することも検討してください。
③ 契約にない費用の請求
契約書に明記されていない費用を退去時に請求されるケースです。
代表的なものがクリーニング代・消毒費用です。
本来、契約書にクリーニング費用等の規定がなく特約も結んでいなければ、退去時に別途清掃・消毒費を支払う必要はありません。(参考:全国有料老人ホーム協会HP「【価格・料金】退去時の居室クリーニングと消毒費用について」)
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、特約がなく通常の使用範囲で汚していないならクリーニング費用は貸主負担(施設側負担)と考えられるとされています。
それにも関わらず請求された場合は、「契約上支払い義務がない」ことを指摘し、支払いを拒否または交渉することができます。
対処として、特約の有無を確認し(例えば「ハウスクリーニング費用は入居者負担」といった特約がないかチェック)、無い場合はガイドラインの趣旨を伝えて費用免除を求めましょう。
④ その他のトラブル
契約事務手数料など名目の費用に関する問題もあります。
一部の施設で「契約時手数料」等を徴収し、退去時も返還しないという例がありますが、これは法令上グレーまたは違反の可能性があります。
老人福祉法では対価のない金品の授受を禁じており、契約の手続き費用と称して実質的に何のサービス対価でもないお金を取ることはできません。
こうした費用を請求された場合、必要に応じて行政の指導や専門家の意見を仰ぎ、その費用の趣旨や使途を質問することも大切です。
退去時に注意すべきポイント(まとめ)
最後に、有料老人ホームを退去する際にトラブルを避けるためのポイントを整理します。
- 契約内容の事前確認: 入居前に契約書と重要事項説明書をよく読み、退去時の費用負担ルール(原状回復費用の扱い、敷金・一時金の返還条件、特約の有無など)を確認しておきましょう。不明点は契約前に施設に質問し、理解・納得してから契約することが重要です。
- 退去時の立ち会い・記録: 退去時には施設職員と居室の状態を一緒に確認し、どの部分の修繕費を誰が負担するかを明確にしておきましょう。できればその場で書面やチェックリストに記録し、写真も残しておくと後日の証拠になります。
- 請求内容の精査: 退去後に施設から請求書が届いたら、項目と金額を詳細に確認します。契約にない名目の費用や高額な修繕費が含まれていないかチェックし、不明瞭な点は遠慮なく説明を求めましょう。経年劣化分まで請求されている場合はガイドラインを根拠に異議を伝えます。
- 特約の有無確認: 修繕費負担や清掃費に関する特約条項が契約にある場合は、その内容に沿った請求かを確認します。特約があって入居者負担になっている費用は契約上支払わざるを得ないこともありますが、特約自体が不当と思われる場合は消費生活センター等に相談してみましょう。
- 消費者相談窓口の活用: 話し合いでは解決しない、請求がどう見ても不当だ、と感じたら早めに第三者に相談しましょう。各地の消費生活センターでは老人ホームに関する苦情・相談も受け付けています。公的機関に相談することで適切なアドバイスが得られ、必要に応じて事業者への是正勧告などにつながる場合もあります。
以上、有料老人ホーム退去時の費用と手続きについて詳しく解説しました。
退去時には費用面で思わぬ負担やトラブルが起こりがちですが、契約内容の把握と冷静な対処が肝心です。
公的なガイドラインや相談窓口も積極的に活用し、納得のいくかたちで新たな生活への一歩を踏み出せるよう準備しておきましょう。
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